祖父に見送られ、いつも以上の惜別を憶えながら故郷を後にした。岡山駅から乗り換えた東京行きの新幹線「のぞみ」の静寂が、切ない。何度も行き来してきたはずの行程なのに、初めて巣立った日のような、新鮮で苦しい距離がそこにある。
右隣の座席には、上品そうな夫婦が座っていた。年のころは60を越えたくらいか。
「どちらまで行かれるの?」優しい声が突然、傍らから響いた。夫婦がこちらを見て、にこにこしている。柔らかい声。上品な声。少し驚いたが、声をかけてもらえて嬉しかった。
老夫婦は、京都まで旅行されているということだった。折しも新潟には雪が降り続き(今もそうだ。気の毒に思うと共に、何か手伝えることはないか、とも思う)お二方が住んでいる九州にも雪が積もっていたという。
「本当に珍しい。雪が降るなんて」
「でも、京都までいけそうで、良かったわ」
落ち着きのある旦那さんの声。弾むような奥さんの声。
お二人とは、京都に着くまで色々と話をさせて頂いた。仕事のこと、家族のこと、お遍路参りのこと、経済のこと、ITのこと・・・とても楽しかった。時間があっという間に流れた。別れ際、旦那さんが手を差し出してくれた。握手をした。とても大きな手。あったかい手。奥さんとも握手をした。あったかい手。ホッとした。

ぐ、ぐ、ぐ・・・すり足のような機械音を伴って「のぞみ」は京都駅のプラットフォームを離れて行く。夫婦の姿は見えない。僕は眼を閉じて、一期一会の精神を思った。一週間足らずの香川での新年を思った。一期一会。だから出会いは貴重だ。面白い。刺激的だ。僕は次に香川に帰るまでに、この一期一会をもっと積み重ねていきたい。そして、その刺激をもっと沢山形にしてきたい。そしてそれを、色んな人に見てもらおう。例えば、香川に持ち帰って家族に見てもらおう。友人に見てもらおう。それ以外にも、沢山、誰かに見てもらおう。一期一会を循環する。自分のものから妥当な普遍へ。妥当な普遍から皆のものへ。出来るだけ消さない。出来るだけ引かない。イメージは眼を閉じた闇の世界に溶けて行く。その闇は珈琲を思わせた。祖父と行った地元の喫茶店。このお店、美味いドリアが出るんだ。もう10年以上通っている。ここ以上に美味いドリアには出会ったことがないんだ。マスターも優しいし。珈琲も美味いし・・・(写真の珈琲がそうです)
そしていつしか、眠った。

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「間もなくぅ、東京ぉ・・・東京ぉ、です・・・」
アナウンスが目を覚まさせた。いやはや、「戻って」きた。そのまま埼玉県にまで行ってしまっても良かったが、敢えて東京駅の改札から外に出てみる。
うわ。轟音・・・。人の足音。声。客待ちのタクシーの排気音。クラクション。高層ビル。くらくらするなあ。ちょっとリハビリしてみよう。周辺を歩くことにする。皇居付近のビル群(写真2枚目の風景)を潜り抜け、大手町の無機質なオフィスを突っ切る。スーツ姿の大軍隊の中に、カジュアルな私服一名。とても目立つ。大手町をずんずん適当に歩いていると、神田橋に行き当たった。歩き始めてから一時間以上経っていた。そうだ、神田!
神田に行くも、夕方遅い時間帯になりつつあることもあり、あまり古本屋は巡回できなかった。閉まっている店も幾つかあった。新刊も見てみるか、ということで、三省堂本店へ。人が多くて落ち着いて読めない。何冊か立ち読みして、また外に出る。三省堂前の横断歩道で信号待ちをしている間、スポーツ店のビルの向こうに目を遣り、果て、あそこには何があったっけ、とぼんやり考えてみると・・・そうだ、秋葉原!また、歩く。
15分ほど歩くと、もう煌びやかな赤青のネオンがまたたく電気街だ。近くを歩いていた女性が「大阪の灯りに似ている」と言っているのが耳に入る。そ、そうかなあ?
ジャンクパーツやゲーム、CD・レコード、古書、玩具などなど色んなものを見て回る。が、目新しいものなし。ゲームセンターで数百円使って京浜東北線へ飛び乗り、一路埼玉へ。

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しかし何と言うギャップだろう。おんなじ日本なのに。穏やかな夫婦を媒介に、僕の暮らしは「そこ」から向こう(香川)とこっち(東京)ですこぶる違うのだ。価値観が分裂してしまいそう。とにかく今は、偏らないように。バランスをとって。向こうの私も。こちらの私も。そう思いながらベッドにもぞもぞと入り、眠る。ああ、疲れた。