なんという特徴も無い何気ない小さな本屋に入って、とある文庫本を手に取ったのだが、そこに一枚のポストカードが挟まれていることに気付いた。栞にでも使っていたんだろうか。静かな存在感と自然な佇まいを残して、「この本は俺の住処だ」とでも言わんばかりにこちらを見つめてくる。空が描かれたポストカード。カードの下の方に小さく「後藤民雄」と書かれている。知らない人だ。僕は本棚に文庫本を戻して一旦、店を出た。
店を出て、何だか寂しい気がした。何と言うか、あのカードと出会ったのは理由があるんじゃないかな。見上げると、頭上に少しどんよりした空。カードに映し込まれていた、あの輝く空とは違う。突然、たった一枚のカードとの出会いに、理由を求めようとする自分が情けなくなった。ここまで乾いてきたか、と。瞬間、溢れるように昔の記憶が流れ込んできた。そういえば、古本屋でバイトしていた学生時代、本の間に色んなものが挟まっていたなあ。へそくりが入っていたこともあったっけ・・・とか。特段意味合いのない幼児期の体験とか。色んな蓄積が曇天の果て向こうから降り注いできて、現実を相対化してしまう。昔はよかった、だなんて、言う義理ないのになあ。たぶん、いや、きっと僕も誰かの住処に呼んで欲しかったのだ。
結局、僕はその文庫本を買った。ポストカードと共に。

【参考】
後藤民雄さんについて、ネット検索だけで軽く調べてみました。http://www.peppers-project.com/loft/jp/exhibit_file/exhibit_file_2001.htmのサイトの「2001.May」という項目に作品が載っています。一部の作品だけしか触れてませんが、静謐、というか、人けの無い作品が多い印象を受けました。静謐だけど、綺麗だけど、それだけで終わりというのではなく、作品から流れるアピール・メッセージもちゃんとあって(ああ、綺麗だなあ、だけで感想が終わらない存在感とか、立ち止まって考えさせられる筆遣いというか)個人的に好きです。も一つ参考URL。http://www.city.taito.tokyo.jp/kouho/press/2005/0324kaiga.htm

2006.03.02【追記】

後藤さん御本人より頂いたコメントの中で、別の作品へのリンクを提供頂いたので追記します。紹介頂き、ありがとうございました。
http://www.city.taito.tokyo.jp/bunkasinko/virtualmuseum/400/49/