道を

執筆がすっかり遅くなってしまった。
アンナ・ポリトコフスカヤ氏(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%83%88%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%A4)死去。冥福を。(今回の場合、こういう言い方は、ひどく傍観者的な、身勝手な・・・残酷ささえ煽るような、そんな気がする。志半ばの「冥福」だなんて!ただ、だからといって、他にどう言えば良いのだろう?)

日本ではそれほど目にすることも無かった彼女の言説を(翻訳を通してだが)学生時代に著書を通じて読んだ。
いかに自分が微温湯につかっているのか・・・皮肉を込めて好意的に言えば、いかに平和な環境に安住させて頂いているかを、改めて痛感させられ、そして、世界の中にあって自分の価値観がいかにちっぽけでいかに無力で、しかし、そうした羽虫の魂を前提にしながらも、言われ無き暴力と殲滅にどう抗っていけば良いのかについて、思索を迫られる文章だった。
黒を基調とした装丁の彼女の本が日本の書店に並んだのとほぼ同じ頃、北オセチアで学校占拠事件(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%B3%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E5%8D%A0%E6%8B%A0%E4%BA%8B%E4%BB%B6)が起こり、彼女の本に書かれていることが遠い国で問題になっている「かもしれない」と思わされる程に現実味希薄なフィクションめいた御話ではなく、どうやら現実らしいぞ、という事実がー学校が占拠され校内に爆発物が吊り下げられる事実があったこと自体が禍々しいーもやもやと微温湯にも浸透し始めていた。

しかし、つい数日前、彼女は自宅近くで亡くなっていたという。銃弾の痕跡もあったらしい。「殺された」と言う人がいる。そうかもしれない、そうでもないかもしれない。僕にはわからない。事実はひとつしかないが、今の僕の情報網では確かめる術はないから。それに彼女が事実として亡くなっている今、殺されたかそうでないかの是非に熱をあげるよりも、もっと優先して考えなければいけない問題があるから。
彼女はある特定の取材対象に「肩入れ」し過ぎているという人がいる。そうかもしれない、そうでもないかもしれない。ジャーナリストにとって必要以上の感情移入は自殺行為だと僕は思う。でも、あらゆる取材内容にその原則を敷衍するのもナンセンスだと思う。人モノ取材。紛争取材。お涙感動記事。被害ルポルタージュ。比較は差異を浮き彫りにしてくれる。僕は彼女をまだよく知らない。彼女は「偏って」いるかもしれないし、そうではないかもしれない。それは誰にもわからない。例えば、あるバイアスに定義をしようとすると、すぐにその定義にも「偏り」が指摘されるから。Ex.右翼、左翼。こういう作業は不毛だと思う。追いかけっこする時間は余り無い。
大事なことは彼女が少なくとも「モノを言った」ということだろう。何かを為し、何かを語って、何かのために動いたということ。人間として一見、当たり前のように見える、しかし、とても困難なことを彼女がした、或いは、しようとしていたこと。この点は評価されるべきだろうと思う。

僕はロシア語が読めないので、邦訳の精度は不明なのだけれど、例えば、http://chechennews.org/archives/20041202anna.htmチェチェン総合情報様より引用 http://chechennews.org/index.htm)といったような記事を読むと本当に胸が締め付けられる。世界の何処かにこんな思いをしながら暮らしている人がいること。それに迫っていこうとした女性がいたこと。遠い世界から聞こえてくる声の響きのような出来事。御伽噺のような。でも、みんなは読者じゃない。みんなが紡ぎ手。そして、紡ぎ手として声を発した遠い遠い、異国の女性。声を発することから逃げ出した僕は一つの規範として、彼女を追悼する。