シェークスピアによれば、「人生はただ歩き回る影法師、哀れな役者だ。出場の時だけ舞台の上で、見栄をきったりわめいたり、そしてあとは消えてなくなる」ということなのだそうだが*1俳優フィリップ・シーモア・ホフマンが描くT.CAPOTEその人は、影法師に過ぎない自分を強く意識している。平凡な人間が持つ虚栄心程度なら突き破ってしまうような、彼独自の一流の「見栄」を文学作品で以って刻もうとした。ひとりの作家が辿った軌跡を追う映画が、公開されている*2

映画「CAPOTE」は、小説家トルーマン・カポーティ*3邦訳「冷血」という作品を生むまでの過程を、映像表現を通じて再確認するというものだが、単なる記録映画と呼べない趣がある。
監督自身も「彼は殺人犯に自分を投影し、共感もした。一方で著作を成功させるために彼らの処刑を望み、心の中の対立が生まれた。欲望と苦悩を浮かび上がらせることに力を入れた」と語るように*4カポーティを監督が解釈し直して提示する、という、一種の人物ルポルタージュ的な映画であるように感じた。
カポーティの「冷血」という作品は、文学作品というよりは寧ろノンフィクションであり(厳密さは勘弁して頂くとして、イメージとしては、小説家の村上春樹さんが、ノンフィクション作品の『アンダーグラウンド』を出版するようなものです)アメリカ・カンザス州で実際に起こった事件を題材に、関係者への事実取材を基にして執筆されたものだが、先に述べた「関係者」には勿論、逮捕・起訴された被告人(後に死刑)も含まれており、とりわけこの被告人とのやり取りがカポーティに大きな影響を与えることになる。

皮膚にやさしく染み込むイージーリスニング調のBGM。神秘的な淡い色の陽が、カンザスの農地を照らす。希薄な雲が低く広がる空。冒頭から映画全体を包む、えも言われない寂寥感。それは大都会の艶やかな社交場を表現するカットでも変わらない。センチメンタルと呼んでも良いが、ありふれ過ぎた表現かもしれない。
事件に関心を持ち始めた当時のカポーティは、残酷な程に無邪気である。殺人者は遠い世界の理解できない人間で、取材者である「私」がその謎めいた異国を解明するのだ、といったような傲慢さも見える。執筆のためとはいえ、被害者が眠る棺の中身を開くという行動をとったりもする。
被疑者と見られる男が逮捕され、被告人として裁判にかけられると、カポーティは独房に足を運んで彼らと接触しようとする。カポーティは被告人に対して色々な献身を尽くしもするが、寧ろそれは被告人のためというよりは、彼自身の「仕事」のためのように映る。カポーティを援助していた親密な周囲の人間たちも、カポーティの姿勢に疑問を持ち始める。「Capote Loves Capote」という台詞は、まさにカポーティの取材態度を言い当てている。
カポーティは次第に被告人の信頼を得ていくが、出版ビジネスや利権、それに彼自身の我欲の狭間にあって(例えば「彼らは金脈さ」という台詞)尚やはり、取材相手を利己的にしか把握できずにおり、死刑執行を望んだりもする。また、「冷血」という、明らかに犯罪の内容をネガティブな方向に引き摺るような、ある意味で冷血としか言いようのないタイトルを本に付けながら、その事実も被告人に言えないでいる。利己的な取材を阻むような障害が増えて来るにつれ、嘘や虚栄も増える。周囲からの批判も強まり、カポーティも精神的に追い詰められてゆく。
死刑が近づき、被告人が僅かながらにも事件の真相を語り始める段階になると、精神的に不安定なカポーティにも、ある考えが芽生え始める。本当に冷血たるは何者か、ということ。犯行動機を涙ながらに語り、家族への思いを日記に綴る被告人を、それでも仕事のために偽って取材・執筆しようとする自分。カポーティを友と呼んだ被告人。「アディオス・アミーゴ」
冷血といえるのは果たして何者なのか?カポーティにとって被告人はどういう存在だったのだろうか。カポーティは、何のために伝えたいのか。何をしたくて書くのか。華やかな社交界の中心で、取材の後日談を煙草片手に吹聴する気取ったカポーティの姿は、まさに虚栄の影法師そのものであるように思えてならない。冒頭に挙げたシェークスピア。一方で、こんな言葉も残しているという。「人々は悲しみを分かち合ってくれる友達さえいれば、悲しみを和らげることができる」
個人的には、カポーティの独善性が強すぎ、彼の利己性が無用にクローズ・アップされ過ぎかとも感じた。実際のカポーティがどういうタイプの人間だったかまでは知りようが無いが、少なくとも監督が言うような「心の中の対立」と呼べる程の本質的な葛藤は感じられなかった。カポーティは最後まで「己のために苦悩し、己のために泣いた」としか解釈できなかった。彼の近しい知人の「救えなかったですって?あなたは救いたくなかったのよ」という台詞が象徴的ではないだろうか。上記のような部分に違和感を覚えないでもないが、トータルでは魅力的な映画と言えると思う。
(追記:カポーティについて全く知らないままで見ると、ちょっと理解が難しい部分もあるかもしれません)

参照元
◆公式サイト(予告編等も有)
http://www.sonypictures.jp/movies/capote/
wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3
朝日新聞関連コンテンツ
http://www.asahi.com/culture/movie/TKY200610180296.html
ほぼ日刊イトイ新聞関連コンテンツ
http://www.1101.com/OL/2006-09-27.html